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食べることは受け入れること

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 どう考えても、危ないのだ。
 尾我おが天織テオリは、引きつった笑みをごまかせず、ゴクンと唾を飲み込んだ。

 眼の前にあるのは、ドス黒い色をした奇妙なスープ。覗き込むとまず見えるのは上澄み液。圧倒的に”かき混ぜ”が足りていない……。

「ておちゃんのためにも、料理できるようになった方がいいかなって」
 己の後見人たる”アネキ”の一見無表情な顔から少し視線をそらせば、彼女の耳はほんのり赤い。
 同居をはじめてから確かに外食やコンビニご飯が多かった。自分を引き取ってから彼女も思うことがあったのだろう。

「味見、してみた系?」
「うん」
 頷いた彼女の、その先の言葉がない。言葉数は元々そこまで多くない人だ。彼女の視線に気圧されて天織はそれ以上の感想を促すことに失敗した。

 天織の脳内で天秤が派手にグラつく。この妙な香りと色のスープを飲んでみるか、それとも保身で断って彼女を悲しませるか。
「あのさアネキ。これ、何のスープ?」
「タマネギ!」

 ウソつけ!と力いっぱい天織は叫びたかったが、彼女が今度は分かりやすく照れ笑いを浮かべたので責める言葉が引っ込んでしまった。

 ああ、粉を溶かしてつくるコーンスープとかでいいのに。粉にお湯混ぜれば即完成するのに。視線が痛い、彼女の期待にはこたえてあげたい。天織は”アネキ”のことは嫌いではないから。
「いただき、ます」
 スプーンでスープをかき混ぜる。口の中に流し込む。これは何の罰か、いや、ただの食事だ。

 CON(constitution)19、天織は恵まれた肉体を持っている少女である。
 そんな天織ですら、スープを胃に流し込んだ直後に気を失った。

 
 ……。
 

「これをお食べ」
 柔らかい声で天織は目を覚ます。気がつけば、見知らぬ部屋のテーブルについていた。ガラス張りのテーブル、磨き上げられたカトラリー、足元には青いカーペット。眼の前にあるのは、待ち望んだコーンスープだ。甘い香りが鼻腔をくすぐる。しかし、天織はお腹をおさえた。
「なにか食べれる気分じゃない……」
 胃を占めるタマネギスープがおどろおどろしく存在を主張している。具合が悪くて吐きそうだ。

「これをお食べ」
 反対側の席に座る黒い影は、しきりに目の前のスープを勧める。誰だろう、少なくとも、人じゃないなと天織は思う。
「気持ちだけもらっとく……」
「これをお食べ」
 断ってもなお勧められる。あの奇妙なスープを飲み干した天織だったが、それは”アネキ”のことを慕っているから出来たことだ。突如現れた黒い影に従う道理など、尾我天織にはまったく無いのだ。
「食べない」
 そう強く断ると、黒い影が立ち上がりテーブルを両手で強く叩いた。

「どうして私の言うことが聞けないの!!」

 天織の中で嫌悪感が膨らみ爆発する。大きな音で萎縮させるやり方は、自分の父母のやり方とそっくり同じだったから。
「それさ、食べてもらいたい人の態度じゃなくない!?」
 天織もまた激昂して言い返すと、黒い影はもう一度テーブルを叩いた。ガパ、と、日常生活では聞くこともないだろう音が頭上から聞こえた。

 音につられて顔をあげた天織は、ソレが何か理解ができなかった。金色の影。その直後に顔、そして全身を襲う高熱。熱い、液体だ。天織は頭からスープをかぶったのだ。それもバケツ10杯はゆうに越す量を。

「うげ、んっぐ」
 スープに溺れて天織はたっぷりそれを飲み込んでしまう。まるで波が引くように、残りのスープはみるみる床に溶けて消えた。黒い影も、テーブルも今はない。目的は果たしたということだろうか。
「ぐえっ」
 醜い嗚咽をあげて、天織は胃の中の物を白い床にぶちまけた。金と黒が混ざったものが床に広がる。吐き出せたのは明らかにタマネギスープのせい、いや、”おかげ”だ。黒い色は勝手に動き出し、金色を侵食するように床を這う。それを天織は呆然と眺めていた。
「おっかないスープ……」
 天織は唾液をめちゃくちゃに飲み込んで胃液の味を誤魔化すと、扉をあけて部屋の外に飛び出した。

 
 ……。
 

 気がつくと、天織はソファの上に寝かされていた。真っ青な顔をした”アネキ”と目があう。
「あ……ごめん」
 天織は思わず謝った。彼女は黙ったまま水が入ったペットボトルを天織の手に押し付ける。『星神浄化の水』などパッケージに書かれた胡散臭いブツだ。それが値段の高いだけの普通の水だと確信している天織は、ペットボトルの蓋をあけるとゴクゴクゴクと胃に流し込んだ。
「レシピ通りだったのに、なんかごめんね……」
 彼女もまた言い訳をする。天織は大きく首をふった。
「おかげで助かったし、いいよ」

 スープを飲んでいなかったら、あの黄金の液体を受け入れてしまっていただろうから。

「あれレシピ通りだったから……!」
 彼女はそう繰り返す。であれば参考にするレシピが悪いのだと天織は確信した。おおかたネットで適当に検索をしたのだろう。
「アネキ、今度は一緒に料理しよ。本屋いってちゃんとしたレシピ買おうよ」
「でもておちゃんは本屋にいったから、悪いモノがついたんじゃないの?」

 冷ややかな目を向けられて、天織は息を呑んだ。確かに今日、本屋に寄り道をした。アネキには黙っていたのに。
 ……そこで、何かに引っかかったから、あんな”夢”を?

「アネキさ、きづいてたんなら、もっとはやくおしえてよ」

 天織の胃の中はカラだ。あの部屋は確かに在ったのだと、自分の内臓が証明してしまっている。彼女は天織の言葉には答えずに、後片付けをするために立ち上がった。天織は、あとでカップラーメンでも食べようと、自分で腹をさすって慰めるしか無い。

 

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