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おとなの家出③時間外勤務にあたらず

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「まぁ確かに給料日直前だからな」なんて勝手にイチトの懐状態を鑑みて、ヤマヅは回収員の待機室を開放してくれた。

「ただし夜勤の人員もいるから、彼らと余計なトラブルは避けてくれ」
「夜組とはそんなに喧嘩っ早い体質なのか?」
「貴様の煽り癖を嗜めているんだ、私は」

 そわそわと帰り支度をする他の回収員を横目に、イチトは借りてきたタオルケットをソファにかけたりクッションを一箇所に整えたりと籠城準備を開始する。
「リスの巣篭もり準備みたいだネ」
 報告書作業の眼精疲労を癒すようにシガヤは目をこすりながら、弱々しくイチトを笑った。
「どんぐりを差し入れてくれても構わんぞ」
 昼休みの仮眠でイチトは元気を取り戻したのかすっかりいつもの調子だ。
 ハバキは「帰って寝る」と言いさっさと部屋を出て行った。スグリも「おつかれさまでしたーっ!」と元気に手をあげて退散。今日は帰りに映画を観るらしい。
「秋だからね、お外にドングリあるかもね。でもオレ今日はゲームの新作遊ぶからね」
「楽しんでくれ」
「うん。じゃあね」

 シガヤが出て行き静まり返った待機室。イチトは調達しておいたカップラーメンで早めの夕食を済ませさっさと床についた。
 どうせ、何かのトラブルに巻き込まれると分かっていたからだ。

 
……。
 

「失礼します!!」
 張りのある声を、どこで聞いたかとイチトは脳内をかきわける。先ほどまで見ていた兄となわとびをしている夢は自分の手番で切れてしまった。兄には永久に勝てないなと薄目を開く。
「あ、起きた」
 待機室を訪れたのは調査員の兵司と樹コンビだ。物珍しそうにキョロキョロと首を回す兵司と、相変わらず眠そうな顔で迷うことなくソファに近づく樹。
「……どうもこんばんは」
 イチトは上半身だけを起こして挨拶を交わす。早めに寝ていて良かったと己の判断を脳内で褒めた。

 樹はまず無言でローテーブルに置かれたスマートフォンを指差した。無数の着信を気にしているのだろう。イチトが黙って首を振ると、了承の意味をもって樹も肯いた。

「言っておくが、俺は夜番ではないのだぞ」
「大丈夫です、ヤマヅ副館長から言い聞かせられてますから!」
 兵司が爽やかな笑顔を見せた。仕事じゃないんです、我々の私的でプライベートで、と言い訳を続ける。
「個人的な用事が?」
「展示室についてきて欲しいんです」
 お願いというよりは命令の色が強い物言いで樹が言葉を繋いだ。
「……それは仕事じゃないか?」
「ついてくるだけでいいんです!」
 兵司が爽やかな笑顔を見せた。先ほどと同じ笑い方なのに、今は少し胡散臭く見える。

「何型の展示室だ?『上位種六系』だったら断らせてもらう」
「六十里型です。自分、さっきコンビニで季節限定ミルフィーユ買ってきたんですよ」
 確かに「期間限定!」と強調するシールが貼られている、イチゴ味のミルフィーユが差し出された。
「今回は初回割引ということにしておこう。次はホール、最小サイズで構わん」
 言ったでしょ、と兵司にウインクする樹。小さく拍手をする兵司。3口でミルフィーユを胃に収めるイチト。
「あーもう、限定なんですからもう少し味わって……」
「本当に、仕事じゃないんだな?」
 紙ナプキンで口元を拭いながらイチトは上目遣いで念押しする。ぐぅ、と調査員のふたりは分かりやすく言葉に詰まったようで、イチトは「あまり虐めてもな」と思い直し立ち上がる。

 念のためと言って甲斐甲斐しく博物館ジャケットを羽織らせる兵司に、イチトは小さくため息をついた。これはニアリーイコールで、仕事だ。

 
……。
 

 上位種六系のひとつ、六十里ツイヒジ型の展示室。
 夜分はほとんどの展示神が倉庫に移動され、今はひとつの石像だけがポツンと置かれている。
 イチトが抱えられるぐらいの植木鉢に、こどもぐらいの高さの幹、その先端に「縦半分だけの葉」というシンボリックな飾りが斜めに刺さっている。

「これは……」
 イチトも初めて見る展示だ。説明を求めようと声をあげた、そのタイミングにかぶるように兵司と樹が肩肘をついた。

「Th型魔神・ソローリィバント=テンゼンです」
「よくスラスラ言えるな」
「六十里だから手に負えないんです。ここはひとつ、超種様の力を借りたいと思いましてぇ」
 イチトが小声で「『銀の盾』を御所望か」と言えば兵司は勢いよく、樹はゆっくりと首を何度も縦に振った。
「うちの鍵があいつに盗られちゃったんです!」
 憮然とした表情で樹が言う。つまり樹の私的な事情でイチトは駆り出されて、兵司は付き添いに過ぎない。それなのに樹がずっと偉そうで、兵司は下出だ。
 イチトは兵司の背を同情の気持ちで優しくたたき、兵司は意図を汲めたのかいやいやと朗らかに笑って首を振った。

「なに、そこで気持ち通じ合ってる風なのやめてほしいんですけど」
 じろりと樹が親しげなふたりを睨みつける。
「若輩者には分からんだろう、相棒がどれだけお前をサポートしてくれているのかを」
「え、説教!? このタイミングでやらなくてもいいでしょ……正職員がやれっつってんだからやってくださいよ!」
 表情で困惑と呆れを交互に繰り出す樹を見てイチトは笑った。
「ふふ、ハバキの手口は調査員仕込みなのか」

 また文句を重ねようとした樹にイチトは兵司をよこすと、両手を天井に向けた。
 袖の下で招来の文様が輝き、呼応するように展示室に銀の盾が出現する。
 ふたりの調査員の息を飲む声。『銀の盾』が現れた瞬間、部屋の温度が少し下がったような……冴えた空気に気圧されている。
 それは『ソローリィバント=テンゼン』と呼ばれる展示神も同じなのだろうか。

 指揮者のように石像に手を向ければ、銀の盾もフィィと音をたて、いつでもギロチンに成れるよう刃の向きを整える。
 イチトの指先まで、這うように紋様が広がり輝きだす。両目もまた白金色。
 
 唐突に、植木鉢の魔神はパカリと葉を開いた。

 目の前の石像が動くと思わなかったので、イチトは「うっっっわ」と彼らしかぬ引いた声を漏らしてしまう。
 遅れてカランと何かの落ちた音が続いた。スライディングのごとく滑り込んだ兵司が「取った!!」とガッツポーズをする。
 石像だと思われていたその魔神は、再びパタンと葉を閉じる。イチトはオジギソウを思い浮かべる……理科の授業で見たビデオの、何倍速もの早回しに似ていた、かもしれない。

「ありがとうございます、それでは銀の盾にはすぐお帰り頂いて」
 目的を果たしたこともあり樹はすぐに驚異を退席させようとする。
「いや流石に、銀の盾も呼び出されてすぐ帰れは怒るだろう。勤務時間外なのだぞ」
「えっ神器にそういう判定あるんですか?」
「ほら~樹、テンゼン撤収手伝ってくれよ!」
 植木鉢にブルーシートを雑にかけながら兵司が声をかけた。イチトは銀の盾に「展示神を刺激したくない」と宥めて一旦退散してもらった。しかし手首に紋様がこびりついている。

「……死体じゃないのかアレは」
 ブルーシートの下で黙り込んでいる魔神を指差してイチトは尋ねる。アレのどこか機械的な動きは、悪夢に出そうなものだった。
「死体ですよ」
 たははと兵司が苦笑する。彼の困ったような笑い方は敵意を萎えさせるので得なものだ。
「ふぁ……亡骸のくせに、生贄の気配に反応するんです」
 樹が大あくびをしてから魔神の説明を引き受ける。
「それを利用して、ツイヒジの異界ではトラップみたいに群生してるとも聞いたことありますね。ツイヒジは大体殺意が高いのでおっかないですよ」
「惑羽さんが『銀の盾』と仲が良くてほんとうに良かったです。他の職員にも使いこなせればいいんですけどね」
 本当になとイチトは心を伴わずに答える。手首にはいまだ縄のような銀の色。

「俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」
「そうですね……ソローリィバント=テンゼンの葉を開かせるためには、お祈りとか生贄とかが必要なんです。さすがに手間で」
「手間を掛ければいけたのか」
「人助けできて良かったじゃないですか」
 樹がほんとうに、ほんとうに何でもないことのように告げた。イチトは少し考えて、言葉を選ぶ。
「勘違いしているようだが、俺は人助けに快感を覚えるヒーロー気質じゃないぞ」
「じゃあ殺す方に快感を覚えているんですか?」
「お前が回収員を恐れていることはよく分かった」
「すみません、樹って眠いと口が悪くなって」
「いつもでは……」
「こんな口調でよく神様に命とられないねって不安に思うんです。いや、鍵盗られたくらいで済んだのが本当におかしい……それじゃあ、今日はここまでで。お疲れ様でした、惑羽さん」

 兵司からは「フォローと解散をとにかく早くしなければ」という空気を感じた。イチトは畳み掛けられた早口を脳内でゆっくり咀嚼する。結論、すべて樹が悪いのでは?と思ったが、わざわざ伝えるほど気の利かない男ではないつもりだ、惑羽イチトは。

 伝え聞いた話によると樹は稲荷の使いに好かれやすいそうだ。調査員仲間からは「油揚げの擬人化」と笑われているが、神隠しは秒読みの身の上なのだろう。

 黙り込んでしまったイチトを見て調査員たちは不安そうにしていたが、ブルーシートをかぶせた植木鉢を台車に乗せると「いい夢見てくださいね」「博物館で寝ると悪夢見ますよ」なんて言いながら撤収してしまった。

 展示室には、場所移動の必要のない六十里型魔神の死体が息をひそめて並んでいる。
 この中に生者はイチトひとり。「乱す六十里」とは誰が言った言葉か、この場に長くいるのはあまりよろしくない。
 イチトが歩きはじめると後背に銀の盾が出現し、守るように憑いてくる。やっぱりまだ帰っていなかった。
「俺はこれから寝るんだぞ」
 呼ぶだけ呼んで魔神との戦闘もなしとなれば、銀の盾はコミュニケーションの時間だと捉えるのだろう。

 イチトはきっと今夜も眠れない。
 非常口の緑の光を反射する『銀の盾』を眺めて「しかたないな」と表情を緩めた。

 
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